苦しかった

利用者様に対応していた看護師は、ワクチン未接種でしたが、バイタルチェックや発赤疹などの確認など、直接、肌に触れる仕事をする。ある日、片腕に利用者様と同じ発赤疹が広範囲に出た。それを見た私は、何かの時にと買っておいたイベルメクチンをあげた。その場ですぐに服用した。皮膚科に行っても治らなかったのに、1錠服用しただけで、みるみるうちに良くなっていった。そして、ワクチン2回目3回目とどんどん接種していくのを見ているのもつらい、やめたほうが良いよと言えないのもつらい。みんな、この先、どうなっていくのだろうか・・・。

そして、私の母も説得しても聞かず・・・。

三回目が終わった頃、利用者様も気付き始めた方もいた。その方たちは、私に相談してくる。話をして結果、利用者様自身での判断になる。ワクチン接種は、家族との関係もあるので、安易にやめたほうが良いとも言えない。いろいろな事が、とてもつらかった。

情報収集

コロナウイルス介護施設で流行り出した時は、明日は我が身だと思っていた。世間が在宅勤務の時期、休むことなく営業していたが毎日、気が抜けない日々。デイサービスだったので、一人ひとり自宅にお迎えに行くたびに、検温、体調確認、37度あったら、送迎職員から電話が来る。判断をしなくてはいけない。休んでもらうと売り上げにも影響する。が身体が大事。夏なんて、熱中症や脱水の熱もあるので、またまた判断するのが大変。

知らないことが怖く、情報が欲しい、色々と調べ始めました。ワクチンの事、報道だけではなく、ツイッターYouTubeでいろんな話を聞いた。私は、絶対にやらない。怖い。

当然、会社はなぜやらない?など聞いてくる。同調圧力がつらかった。

親、兄弟にやらない方がいいよと言っても、理解してもらえない。この先、どうなっていくのか考えただけでも怖かった。

利用者様の接種と同時に職員も始まった。数日後、他の事業所の年配職員が倒れた。やっぱり・・・。接種した利用者様の体臭も変わってきた。

背中一面に、発赤疹が出たり、帯状疱疹、背中のムズムズなど、利用者様の9割は身体に何らかの症状が出た。対応が大変だった。皮膚科を受診しても分からいと言われる方もいた。本当にストレスしか感じなかった。

続きは、次回に・・・。

初体験連続

楽しく仕事をして、色々な事に気を付けて、特に人と人との関係性が大事な仕事なので

気配り目配りも気を付けていた。そんなことを評価してくれたのか、会社から新規事業所の所長を任せたいと言われた。歴代の所長は、みんな心が疲れ、突然退職していくパターンが沢山あった。大変な仕事だとは思っていた。ましてや、現場のみしか経験してきていない私に務まるだろうか?不安はたくさんあったがやってみようと思った。

そしてオープン初日の朝、起きようとしたら、めまいで天井がぐるぐる回る。慣れない事ばかりで緊張とプレッシャーでだったと思う。

初めてな事ばかり、毎日バタバタでお昼ご飯を食べる食べる時間も無くおにぎりをかじるだけだったりしたが何とか頑張ってやっていました。が、1年半を過ぎたころからコロナが流行り始めて、ただでさえ忙しい上、変な緊張感も加わった。最初は、目に見えないウイルスにおびえていたが、利用者様にもかかわることなので情報収集を始めた。ここからは、長くなるので次のブログで書いていきたいと思う。

楽しかった介護

色々なお年寄りと出会いました。16年間で何百人の方と出会ったのかな?戦争を経験したお年寄りは、とても強く、とても優しく、物知りだなと思います。少々の事では、負けない精神力を持ち、人生の大先輩。なので、常に利用者様の尊厳を守り、接してきました。プライドを傷つけず、何気なく対応するけど、気を使っていることを利用者様に気づかれないように対応したり、認知症の方の対応も色々ですが失礼のないように対応してきました。

心強いなと思ったのは、息子の反抗期の愚痴を聞いてくれて、「反抗期はあったほうが良いのよ、その分、必ず優しい子になるから大丈夫よ」と励ましてくれて、何だかとても安心したのを覚えています。

今までのブログには、良いことばかり書いてきましたが、大変なことや嫌なこともたくさんありました。

まだ、60代の男性の利用者様とのかかわり方に悩んだり、近すぎず、遠すぎず、距離感を持って接しないといけない時もあり難しさを感じ、ストレスになりました。

今まで、楽しかったことばかり書いてきましたが、正直、現場は大変でした。

介護事故を起こさない、車両事故を起こさない、クレームが無いように対応しないといけない、トイレ介助、入浴介助は、体力勝負、職員と協力して、何とか毎日を乗り越えて来ました。忙しい毎日、「今日も無事に終わったね」と遣り甲斐は十分に感じます。

大変でも、「ありがとう」の言葉ですべてが救われた感じです。

これから、介護の仕事をしてみようと思っているかた、遣り甲斐はありますので是非、チャレンジしてみてください。

まだまだ、色々な事が有りましたが今回はこの辺で終わりにしたいと思います。

好きなこと

私が仕事の中で一番好きだったことは、レクリエーションです。認知症の方、麻痺がある方などにでも出来る事を見つけ、やりがいや出来た時の喜びを味わってもらいたいと、一生懸命に考えました。皆さんにレクリエーションを楽しんでもらうために気を付けていたことは、難しすぎると嫌になってしまうので、一人ひとりに合った事をやってもらう事を考えました。例えば、麻痺が有る方は、片手でも出来ること、認知症で忘れっぽい方には、割りばしを全部同じ色に塗ってもらう単純作業、「大丈夫、出来るよ」と励ましたり、時には、少し介助をする、そうすると、「私にも出来た」「楽しかった」と笑顔になります。あとは、季節に合わせて行事を考える、今なら、5月なので、こどもの日に鯉のぼりを子供っぽくなり過ぎないように工作したり、梅雨に向けて、アジサイを折り紙で作ったりしました。お祭りの時は、段ボールなどでなるべくお金をかけないで、毎日、コツコツと本物のお神輿の写真を見ながら、大人が担げる大きさの物を1か月くらいかけて作りました。皆さん、喜んで担いでいました。もちろん、お祭りイベントもやりました。屋台でかき氷、ベビーカステラ、射的、くじ引きなど、利用者様に浴衣を着せてあげたりして、全員で楽しみました。職員でレクリエーションは苦手と言う方は多いですが、私は自分の趣味の延長みたいな感覚でやっていました。時には、レジンでキーホルダーを作る、これはデザインも考えてもらい「世界で1つだけ、オリジナルキーホルダーだね」と喜んでもらいました。まだまだ、色々な事をやりましたが今回はこの辺で終わります。次回もどんな事をやったかお伝えします。参考にしてもらえたら嬉しいです。

介護職って大変?

良く、介護の仕事は腰が痛くなるから大変じゃない?と言われる事があります。確かに、痛くなったりした事もありしたが、一人で仕事をしているわけではないので、体重がある方やご自身で立てない方などは他の職員と協力して行い、自分の身体を守る事も意識して働いていました。腰痛だけではなく、入浴介助の時は、白癬菌などに自分が感染しないように手袋を使用したりすることも必要です。まだまだ色々と大変な事は、こに書ききれないくらい沢山あります。「ほら、やっぱり大変じゃん」と思う方はたくさんいらっしゃることでしょう。でも、楽しい事もたくさんありました。入浴介助やトイレ介助の時に「ありがとう、さっぱりしたわ」「大変な仕事だね、いつもありがとう」など言ってもらえて時は、やりがいを感じたり、ご利用者様やご家族の方のお役に立てて、やっててよかったとうれしく思いました。これから、介護職をやってみたいとおもっている方、私はとても良い仕事だと思っています。ぜひ、トライしてみて下さい。

 

16年間続けた介護職

16年前に息子が小学校入学をきっかけに介護の仕事をしてみたいと思いました。少しでも誰かの役に立てるかな?、社会の役にも立てるかな?と考えたからです。もともとの私の性格が誰かに何かをしてあげる事が好きなのもあるかもしれません。

当時住んでいた所から、自転車で3分の所にデイサービスが有り、パートで働き始めました。一番最初は、ご利用者様の顔と名前を覚える事から始まり、お茶を入れてり、お話しをしたり、オセロのお相手をしたりから始まりました。

何もかもが初めてで覚える事たくさんあり、気を付けなければいけない事などがたくさんありましたが一緒に働くスタッフの方が皆さんとても優しかったので楽しく仕事ができした。続けていきたいと思い、ヘルパー2級の資格を取得しに行くことにしました。

こんな感じに私の介護職が始まりました。

仕事を始める半年ほど前に、たまたま運転免許証を取得したのですが、まさかのデイサービスの送迎運転もすることになり、道を覚えたり、時間を気にしながら運転をしたり緊張の連続でした。 

こんな感じで私の介護の仕事が始まりました。16年間、色々な事が有り、楽しいこともあり、苦しい事などたくさんありました。今現在、介護職を辞めてしまった理由や私の思いを伝えていきたいと思います。